2001年度の後半には、熱延コイルのアジア圏での価格はトン当たり200ドルを下回る水準に落ち込み、鉄鋼メーカーは再生産が可能なキャッシュフローを十分に産み出すことができなくなりつつありました。
この時点で、高炉メーカーは、主力の薄板製品でフル稼働が損益分岐点という悲惨な状況にありました。
日本の金融市場では、金融機関の不良債権問題が浮上し、銀行の企業に対する与信管理が厳格化され、株式市場では、負債の多い企業の株価が大幅に下落しはじめました。
鉄鋼業では、高炉、電炉、特殊鋼など業種を問わず、負債の多い企業が、十分なキャッシュフローを生み出せなくなったことから、多くの企業の株価の下落が続きました。
さらに格付け機関からは、鉄鋼メーカーに対して、社債の格下げが相次ぎました。
またこの頃、規模、技術力、財務力など総合力でトップに立つSi社か、国内の有力顧客の中でシェアを徐々に上昇させつつあり、鉄鋼市場では、同社の独走体制が構築されつつありました。
これは他の企業にとっては大きな経営問題となりました。
このような閉塞状況は、業界再編によって打ち破られました。
鋼材価格の下落による収益悪化は世界共通の問題でした。
年金債務など他国の鉄鋼業が負担していないコスト構造となっている米国では、破綻企業が生き残り企業や投資銀行主導で再編され、企業数が減少しました。
欧州でも、Yu社とAru社などが統合し、Ar社が誕生するなど再編が進展しました。
日本では、Ka製鉄とN社が事業統合を決定、J社が誕生しました。
同社の傘下にあるJ社は、Si社に匹敵する生産能力を有する巨大な鉄鋼メーカーとなり、Si社の独り勝ちに待ったをかけました。
また、Su社とKo社がSi社と事業全般に関してアライアンスを行うことを決定しました。
Si社、Su社、Ko社3社のアライアンスは事業統合には至っておらず、株式の持ち合い、コストダウンのための製鉄所間の相互協力など、ソフトアライアンスではありますが、無用な価格競争を抑止するという観点からは、非常に意味のある経営判断であったと考えられます。
Si社、Su社、Ko社のアライアンスにSi社が出資を行っているNi社を加えたSi社グループとJ社を合算した粗鋼生産シェアは約70%程度になりました。
特に、高炉メーカーが主力とする熱延コイルの生産シェアは2グループで95%以上となり、寡占度が急速に高まっています。
さらに、国内自動車メーカーの国際展開と世界同一規格素材の調達のニーズに応えるため、Si社はフランスのYu社(現Ar社・Mi社)、J社はドイツのT&K社、Su社は英国のCo社、Ko社は、オーストリアのFe社との技術提携を締結するなど国際提携も相次ぎました。
アジアでは、新日識と韓国のP社が株式の持ち合いを行い、原料調達、技術面での交流を開始しています。
またSi社は、中国で同国の最大手メーカーのTa社、Ar社と3社合弁で自動車用鋼板工場を建設、2005年に稼動を開始しました。
Su社は高炉を持たないCh社にスラブの長期供給を行うため、Wa社の上工程を分社化し、Ch社と折半出資の新会社を設立するなどの経営判断を行いました。
日本メーカーだけでなく、欧州、アジアメーカーとの国際間協調も見られるようになってきました。
これらは事業統合には至っておらず、価格支配力には大きな変化はないものの、価格下落を抑止するという意味では、十分な効果があったものと筆者は考えています。
業界再編の効果は、早期より鋼材市場に浸透しました。
2大グループに収斂した後、各社は製品価格垂視の姿勢を崩さず、需給動向に対して、臨機応変な生産姿勢を継続するようになりました。
よほどの需要減退が起こらない限り、各社はもう2度と乱売競争を行わないと明言しています。
各社は、価格競争がいかに無意味であったかを学習したのです。
この価格重視の姿勢は、普通鋼電炉、特殊鋼電炉メーカーにも浸透していきました。
普通鋼電炉業界は、1990年代後半にかけて、一部企業で経営破綻などが見られましたが、合同製織や東京鍛鋼など大手メーカーを中心に、アライアンス締結などの動きが見られ、その後は価格重視の経営戦略を重視しています。
普通鋼電炉メーカーは、企業数が多いうえ、店売り市場での販売が主体であるため、製品市況が乱高下する傾向がありましたが、2000年代に入って、より安定的な推移をたどるようになりました。
1990年代、日本の鋼材価格は、諸外国に比べて割高であった局面が長かったため、ユーザーから値引き要請が厳しかったことは前述の通りです。
ところが、鉄鋼各社の価格競争の結果に加え、対アジア、欧州通貨に対して円レートが下落したこともあり、日本の鋼材価格は2002年以降、国際水準よりも割安となりました。
顧客側は、日本の鋼材価格の割高感を理由に値下げ要求ができなくなったうえ、逆に、鉄鋼メーカーは、国際水準並みに、国内価格を値戻しする努力を開始しました。
2003年度の後半から2005年度上期にかけては、原料の鉄鉱石、原料炭価格が急上昇したうえ、世界的な鋼材不足局面となりました。
高炉メーカーは、ユーザーとの交渉で主原料価格の値上がり分を製品価格に転嫁しただけでなく、国際比較上、割安となった国内価格の値戻しを実現させたのです。
欧米の鉄鋼メーカーでも再編の結果、価格重視の機運が盛り上がってきました。
2002年度以降、鋼材需給が軟化すると、大手鉄鋼メーカーが率先して減産を行う傾向が見られ、かつてのように乱売に陥り、収益がスパイラルに悪化するという状況は見られなくなりました。
2005年半ばには、中国の供給過剰が原因で世界の鋼材市況は下落しましたが、米国の高炉メーカーには稼働率を60%まで落とし、市況回復に努めた企業もありました。
1990年代の学習効果により、先進国の鉄鋼メーカーの経営スタイルには大きな変化が見られました。
1990年代、世界の鋼材消費量は、平均するとほぼゼロ成長でした。
しかし、2002年度以降、中国を中心に世界的に鋼材需要が伸びはじめました。
近隣に高成長を続ける中国市場が存在する日本の鉄鋼メーカーにとって、この影響は大きなプラス効果となって働きました。
なお、中国市場に関しては、1999年度以降、日本からアジア諸国への鋼材輸出水準が高くなってきています。
これは、日本と東南アジア諸国との鉄鋼貿易に変化が生じたためです。
97年に起こった東南アジア通貨危機から各国経済が立ち直った99年以降、アジア地域では鉄鋼需要が増加してきたものの、多額の資金投入が必要な高炉から熱延コイルまでの一貫製鉄所建設計画が頓挫し、高炉から熱延コイルまでの能力増強は行われませんでした。
一方、建設コストの低い下工程の増強が行われ、その材料となる熱延コイル、スラブが慢性的に不足してきたのです。
この結果、[1本が上工程、アジア諸国が下工程を分担するという分業体制が構築されました。
つまり、世界的な鋼材需要増加によって受動的に輸出が増加している部分も大きいですが、日本の鉄鋼メーカーが能動的に拡販を行うことによって、構造的に輸出水準の底上げが起こっていることも見逃せないのです。
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